
硝子の塔の殺人 (実業之日本社文庫)
知念 実希人
実業之日本社 / 2021-08-10
この本について
仕事で判断を迫られたり、人間関係の裏側を読み違えて「なんでうまくいかないんだろう」と落ち込むことが僕もよくあります。表に見えている情報だけではどうにも整理がつかなくて、頭の中が霧がかったまま動けなくなるあの感じ。そんなときに、ミステリを読むと逆に現実の思考がちょっと整うことがあります。『硝子の塔の殺人』もまさにそうでした。 この本は派手な密室トリックや、クセの強い登場人物たちにぐいぐい引っ張られるんですが、それ以上に「情報がすべて開示され、読者にも同じ条件が与えられる」という構造が効いてきます。混沌とした状況でも、要素を一つずつ確かめればちゃんと世界が整理されていく感覚があって、読後に頭が妙にスッキリするんです。遊馬や月夜が、目の前の小さな違和感──たとえば埃ひとつ、扉の金具ひとつ──を丁寧に拾い上げていく姿勢は、日常で判断に迷うときの姿勢にも重なるところがありました。 もうひとつこの作品がいいのは、キャラ同士の温度差です。名探偵や刑事、編集者や霊能力者が同じ空間に放り込まれて、互いの思惑がズレたまま転がっていく。そのズレに気づいた瞬間、「自分の見立ても案外偏ってるかもしれないな」と自然に視野が広がるんですよね。作者に挑戦状を突きつけられる構図も、受け身になりがちな読書をほどよく能動的にしてくれます。 設定の濃さにわくわくしたいけど、同時に思考の整理もしたい人にはとても刺さる一冊だと思います。
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