
銀の匙 (角川文庫)
中 勘助
小学館 / 2011-07-15
この本について
大人になるほど、昔みたいに素直に驚いたり、意味もなく泣いたり、なにかを「好き」と言い切る感じが遠ざかっていく気がします。仕事や生活の手ざわりばかり気にしてしまって、自分の感覚そのものが薄くなったようなモヤモヤに心当たりがある人も多いはずです。僕もそのひとりで、ふとした拍子に「こんなはずじゃなかったよな」と思うことがあります。 『銀の匙』を読むと、その薄れてしまった感覚がゆっくり戻ってくるようなところがあります。たとえば、子どもの頃の泣き方の描写が妙に胸に刺さったり、理不尽な大人への小さな反発が自分の記憶のどこかと重なったり、月明かりに照らされた腕がきれいに見えるだけで世界が少し変わる感じを思い出したりする。どれも大きなドラマではないけれど、忘れていた感情の重さや匂いがふっと蘇る瞬間が多いんです。また、周囲と馴染めない自分を抱えながら、それでも世界をまっすぐ見ようとする視線に、自分の弱さをそのまま置いていいような安心感もありました。 派手な教訓は出てこないし、人生が劇的に変わるタイプの本でもありません。でも、日々の雑音にまぎれて見えなくなっていたものを、静かに拾い直すきっかけになる本です。合う人には深く染みると思います。 子どもの頃の感覚をまだどこかで手放しきれていない人に刺さる一冊です。
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