
鈍色幻視行 (集英社文芸単行本)
恩田陸
集英社 / 2023-05-26
この本について
日々の生活がきちんと回っているはずなのに、どこか色味が抜けていくような感覚に襲われることがあります。大きな悩みがあるわけでもなく、ただ「自分の輪郭がぼやけている気がする」。そんなときに無理に気合いを入れても戻らなくて、むしろ静かな場所に身を置きたくなる、あの感じです。 『鈍色幻視行』を読んでいて惹かれるのは、まさにその「ぼやけ」の扱い方でした。旅は少しだけ死ぬことに似ている、とさらっと語られる場面がありますが、これが妙に現実に響きます。いつもの自分からほんの数ミリずれるだけで、世界が別の階層の光を帯びることがある。日常を捨てるでも逃げるでもなく、ただ別の時間に触れてみると、再び自分の輪郭が戻ってくることがある。その感覚をこの小説は静かに拾い上げてくれます。 記憶の中で紗がかかったように顔が思い出せない俳優の描写も、個人的には強く刺さりました。はっきりしないまま残っているものこそ、自分の奥にずっと滞在している気配。その曖昧さごと抱えていいんだと、背中を押してもらえるようでした。海や映画の記憶がふっと立ち上がる場面も多く、読んでいると自分のなかの埋もれた景色がゆっくり浮かび上がってきます。 曖昧なままの気持ちを無理に言語化したくない人、あるいは「変わりたいわけじゃないけれど、どこか風通しを良くしたい」と感じている人には、特に静かに効く一冊だと思います。
読書インサイト
ハイライト密度
多くの読者は第1章に最もインサイトを感じており、全ハイライトの33%が集中しています。
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